「マーガリンは毒なので食べません」に思う。

「マーガリンは毒なので食べません」に思う。


先日、小学校教員のあるツイートがネットニュースで取り上げられていた。


「マーガリンは体に悪い」というのはちょくちょく聞く話である。
マーガリンの製造過程で生成されるトランス脂肪酸は摂りすぎると心臓疾患のリスクを高めるとされ、WHOは二〇〇三年からその摂取量を総エネルギー比1%未満に抑えるよう勧告している。
私の周囲にも「マーガリンは買わない」という人が何人かいる。

ところで、記事の中の、
「いまのマーガリンはなぜ大丈夫なの?それが納得できないかぎり食べない」
「マーガリンは毒って私も聞いた。だから子どもにはバターにしてる」
といったマーガリン食べない派のコメントを読みながら、この感じ、なにかに似ている……としばらく考え、あっと気づいた。そうだ、牛乳論争だ。

十五、六年前の話である。外科医の新谷弘実氏が著書の中で、
「牛乳を飲みすぎると骨粗しょう症になる。世界四大酪農国であるアメリカ、スウェーデンデンマークフィンランドで股関節骨折と骨粗しょう症が多いのは牛乳をたくさん飲んでいるからだ」
「ここ三十年でアトピーや花粉症の患者が急増した第一の原因は、学校給食の牛乳にある」
などと述べた。
その『病気にならない生き方』という本はベストセラーになり、Amazonのカスタマーレビューには「これを読んで、牛乳や乳製品を摂るのをやめました」というコメントが並んでいたっけ。
そして、巷では「牛乳は善か悪か」という議論が起こったのだ。

当時私もこの論争に興味を持ち、それを取り上げた日経新聞毎日新聞の記事、いくつものサイトに目を通した。
結論から言うと、「もう牛乳を飲むのはよそう」とはまったく思わなかった。なぜなら、「飲むべきでない」とする人たちの言い分の中には首を傾げる点がいくつもあったからだ。
牛乳有害説は主に次の三つの観点から提唱され、ある人たちに支持されていた。

主張① : 「牛乳が完全栄養食品であるという“常識”は嘘である」
現代の牛乳信仰は、戦後アメリカが自国の市場開拓のために日本にパン食を普及させるべく「牛乳を飲めば大きくなる、健康になる」と宣伝した結果であるが、実のところはビタミンC、D、鉄分、食物繊維が少なく、コレステロールと脂肪は多い。
飲みつづけると肥満や動脈硬化、糖尿病や大腸ガンなどを招くこともある不健康促進飲料なのである。

ふむ、「完全栄養食品なんかじゃないじゃないか」ということか。
しかし、人は決まった種類の草や肉しか食べられない動物とは違う。「一日三十品目を目標に」と言われるように、私たちは多様な食品を摂ることができる。ひとつの食品が人に必要な栄養素のすべてをパーフェクトなバランスで含んでいなければ「健康」「体によい」と謳えないということはないはずだ。
牛乳と並んで栄養価が高いとされている卵だって、コレステロールが高いから一日二個以内と言われている。どんな食品も適量摂取が大前提である。
それだけ食べていれば一生健康に生きていける食品はなにか、という話をしているのではないのだ。

主張② : 「牛乳を飲んでも骨は強くならない」
牛乳と聞けば多くの人が「カルシウム」を連想するが、実際は牛乳を飲んでも骨密度は高まらない。それどころか、飲用によって血中のカルシウム濃度が一時的に上がるとホメオスタシス(体温や塩分濃度、水分など体内の環境を一定に保とうとする機能)が働き、カルシウムの排出が起こる。よって、飲めば飲むほど体内のカルシウムは失われていく。
骨粗しょう症の予防には牛乳を」というのは、実は大間違いなのだ。

これが事実であれば大変なことである。子どもたちは今日も学校で牛乳を飲んでいるのだ。
しかし、私がこの説に懐疑的なのは「牛乳を飲むと、むしろ骨がもろくなる」の根拠として、牛乳を多く飲んでいる北欧諸国の人の骨折率の高さが挙げられていたからである。

日本人が一年間に飲む牛乳は一人平均約35リットル。デンマークやオランダなどは優に100リットルを超える。チーズなど乳製品を含めると、その差は4倍前後にもなる。しかし、高齢者の大腿骨頚部(太ももの付け根)の骨折率は北欧諸国の方が日本より高い。このため「牛乳は骨粗しょう症の防止策にならない」との指摘がある。

(二〇〇六年八月十八日付 毎日新聞

これで「牛乳は骨粗しょう症の予防には役に立たない」と言うのは、ちょっと無茶な話ではないだろうか。北欧の人たちと日本人とでは牛乳の摂取量以外にもいろいろな差があるからだ。
毎日新聞の記事では上の記述の後、大腿骨の形状の違いを理由に「牛乳と骨折率のあいだに因果関係はない」としていたが、ほかにもいくつか思い浮かぶ。
たとえば、カルシウムの吸収に必要なビタミンDは日光に当たることで生成されるが、日本と比べて北欧の国々の日照量は少ない。そのことが無関係とは思えない。

もうひとつは、体格差。
コペンハーゲンを旅行したとき、街の至るところに停められている無料のレンタル自転車で散策しようと考えた。市内のどこででも乗り捨てできる“市民の足”であるが、またがってみてびっくり。地面に足が届かないのだ。私は身長百六十七センチあるというのに。
これでは日本人女性のほとんどは乗ることができない。そう、それだけデンマークの人たちとは体格が違うということだ。
その後、オランダに行った私はアムステルダムを歩きながら「やっぱり大きいなあ!」と驚嘆した。『地球の歩き方』に「オランダ人は世界一長身で、平均身長は百九十センチ近く」とあったからだ。
百九十センチはさすがに言いすぎであるが、ネットで検索すると男性は百八十数センチ、女性は百七十数センチというデータが多かった。
背が高ければ大腿骨は長くなり、転倒するときも高い位置からということになる。そこにあの体重がかかれば、どんな骨だってポキリといくんじゃないか。

主張③ : 「子牛のためのものである牛の乳を人が飲むこと自体、おかしい」
どんな哺乳類も乳を飲むのは赤ちゃんのうちだけ。人間が大人になってまで、それも異種動物である牛の乳を飲むのは異常である。

「飲むべきでない」とする人たちが提示する根拠の中で、私がもっとも理解に苦しんだのがこれ。
それを言うなら、肉や魚介を食べるのだって不自然ということになってしまう。牛や鶏や魚は人間の食料となるために地球上に誕生したわけではない。
「牛乳とはそもそも子牛の成長を促す分泌液であるから、それに含まれる性ホルモンが人体になんらかの影響を与えるのではないか」
を懸念しての話であれば、まだわかるのだけれど。
もっとも、これについては日経新聞の記事の中で「生産工程で加熱処理されているため、性ホルモンは活力を失っていると思われる」と説明されていた。



マーガリンの話に戻る。
WHOが提示する「トランス脂肪酸の摂取量を総エネルギー比1%未満に」を日本人の食生活に当てはめると、一日当たり2g未満という目標になる。
近年、企業努力によってトランス脂肪酸の含有量が低減している。うちの冷蔵庫にある雪印メグミルクネオソフト」の一食分10g当たりのトランス脂肪酸は約0.05gだ。
ほかの食品から摂取する分も含め、日本人のそれの平均摂取量は総エネルギー比の0.3%だそう(内閣府食品安全委員会食品に含まれるトランス脂肪酸の食品健康影響評価の状況について」)。
「ということは、ふつうの食生活を送っていたら問題ないってことね」
だから、私はマーガリンを塗ったパンを毎朝おいしく食べている。

しかし、この情報も「そもそも、この『1%』という基準は適切なのか?」と考える人にはなんの安心材料にもならないだろう。
科学的根拠とされるデータが示されていても、素人がそれの信憑性を判断するのはむずかしい。結局、数ある説の中で自分はどれを信用に足るものとして採用するか、なのだ。

だから、誰がどんな考えを持っていたっていい。違って当然。
……ただ。
「マーガリンは毒なので食べません」を聞いたクラスメイトは驚いただろう。ずっと食べてきたのにとショックを受けたり、給食に不安を持ったりした子どももいるかもしれない。
親はマーガリンの危険性だけでなく、「毒」や「害」という言葉の持つ危険性も教えてあげてほしかったなと思う。


【あとがき】
私としてはトランス脂肪酸より塩分のほうがよっぽど気になります。一日6.5g未満(成人女性の基準)なんてぜったい超えてるもん。