夜勤明けの幸福

夜勤明けの幸福


「えー、来月四回……」
という同僚の声が聞こえてきた。
次月のシフト表が配られたら、まず夜勤の回数を確認する------これは“看護師あるある”のひとつだ。
夜勤は少人数ゆえ「メンバー」も重要であるが、それ以上に気になるのが「何回夜勤があるか」。
身体や家庭の事情で夜勤を免除されている人もいるけれど、私のまわりは「夜勤は多ければ多いほどうれしい」という人たちである。

最大の理由はやっぱりお金だ。
「看護師さんはお給料いいんでしょ」と言われることがあるが、それは夜勤手当があってこその話。だから、平均月六回ある夜勤が四回だったらがっかりだし、「○○さんは七回もあるのに……」「これじゃ食べていけない」という不満が出る。
また、夜勤は日勤と比べて“割がいい”ことも大きい。夕方から十七時間、つまり日勤二日分を通しで働くためハードであるが、通勤も前残業(患者の情報収集や点滴準備のため、始業の一時間前には出勤する)も一回分で済む。
二日勤より一夜勤のほうが拘束時間が短い上に手当もつくとなれば、誰だってたくさん入りたくなるだろう。

かく言う私も夜勤が好き。看護学生時代の三年間も、週末は介護施設で夜勤のアルバイトをしていたくらいだ。
という話をすると、「生活が不規則になって大変でしょう」「不眠症にならない?」と心配してくれる人がいる一方で、
「夜勤は楽でしょ。患者さんは寝てるから、日中みたいにやることないもんね」
と言われることがある。
ナースステーションでお菓子を食べながらおしゃべりしている姿を想像しているなら、大いなる誤解だ。
いや、そういう夜勤もあるところにはあるらしい。有料老人ホームに勤務する友人は「うちは寝夜勤だよ」と言う。呼び出しがかかることはめったになく、たいてい朝まで仮眠できるそうだ。
しかし、病院はそうはいかない。何時であろうと入院が来るし、重症度の高い病棟だから患者の急変もしばしば。一晩にエンゼルケアを二回することもある。
夜勤の日は十四時半に出勤するのだが、休憩室に荷物を置きに行くと日勤のスタッフが昼ごはんを食べていることがある。こんな時間まで休憩に入れなかったのね……。
「今日は長い夜になるぞ」
と覚悟を決めた日はやっぱり、仮眠もとれない大荒れの夜勤となる。

人からよく「夜の病院って怖くない?見たことある?」と“期待”されるが、私たちが恐れるのは幽霊なんかじゃない。
ガシャーン!とかドスン!とかいう音がして、患者が転倒しているのを発見するのがなによりも怖い。
あるいは。胃や胸腔や膀胱に入っているはずのチューブの先端が、なぜかベッド柵からぶらーん……。血液サラサラ系の薬を飲んでいる人が点滴を引っこ抜くと、ベッドの上は殺人現場のようになる。こういうことは夜に起こりがちで、ラウンド中に見つけたときのショックといったら。
その処置やら報告やらをしているあいだにもナースコールに離床センサー、心電図モニタのアラームが容赦なく鳴り響く。
日勤者が来るまでにカルテを書き終えなきゃならないのにパソコンに向かう間がない、という焦り。ああ、早く夜が明けてほしい。なのに、状況的にはまだ朝が来てもらっては困る、というジレンマ。
午前六時、夜勤も大詰め。ここからは時間との闘いだ。朝食までにこの山のようなスピッツ(採取した血液を入れる試験管)をやっつけなければならない。
採血は苦手じゃない。が、高齢の患者の糸のような血管を前に途方に暮れることがある……。



嵐のような夜勤だった日は、出勤してきた日勤のスタッフの顔を見ると「助かった……」と思う。
「蓮見さん、おつかれさまでした。ピッチいただきます」
と言われてPHSを渡すとき、私はいつも、長い長い距離を走ってきたランナーが次の走者にタスキを託すシーンを思い浮かべる。

喧噪からフェイドアウトしながら、「怒涛の夜勤だったな」とつぶやく。そのあと、「よくがんばった。今日も全力で働いた」という思いが満ちてくる。
寝夜勤では得られない達成感、充実感。私はこの幸福を味わいたいんだ。


【あとがき】
病棟の夜勤は四人なので、メンバーによってしんどくなったり楽しくなったりします。相性のよくない人や働きの悪い人(ナースコールをとらないとか雑用をしないとか)と一緒だと、夜勤入りの前からちょっと憂鬱……。だからみんな、シフト表をもらったらすぐに確認するんですね。
学生時代にしていた介護施設での夜勤バイトは、二十時から八時まで職員は私一人。人の命を預かる場所でほかに頼れる人がいない、という状況は緊張したし怖かったなあ。