患者のケアをしていたら、一年生看護師がカーテンのすき間から顔をのぞかせた。
「蓮見さん、ちょっといいですか」と手まねきするので、急ぎの用かと思ったら、「〇号室のCさんに『チリシおくれ』って言われたんですけど……」と言う。
「Cさん、痰がよく出るからね。すぐ持って行ってあげて」
「そうなんですけど……、あの、チリシってなんですか」
あはは、そういうことね。
大学を出たばかりの彼女は「チリシ」という言葉を聞いたことがなかったのだ。Cさんに訊き返しても「チリシいうたらチリシや」と言われ、困ってしまったらしい。
ティッシュペーパーのことだよと伝え、
「ちり紙交換の車、近所に回ってくるでしょ?チリシとチリガミは同じものだよ」
と言ったら、そんな車は見たことがないと彼女。えっ、そうなの?
「『まいどーおなじみー、ちり紙交換車でございます』ってアナウンス聞いたことない?」
と食い下がったら、同年代の同僚に笑われた。
「ちり紙交換車なんて平成生まれは知らんでしょ」
あ、そうか。いつから「古紙回収車」になったんだろう。そういえば、「たけやー、さおだけー」も長いこと聞いていないなあ。
高齢の患者が多いため、病棟ではときどき懐かしい言葉を耳にする。
創部を消毒するときに使うイソジンを「赤チン」と呼ぶ患者がいて、
「赤チン、ありましたねえ。子どもの頃、転んですりむいたら『赤チン塗っとき』って親に言われたものですよ」
「あの頃の子はみんな、膝小僧が赤かった」
と盛り上がったことがある。トイレのことを「御不浄」「はばかり」と言ったり、車イスに移るときに「よっこいしょういち」と掛け声をかけたりする愉快な患者もいる。
そのたび私は祖父母や子ども時代を思い出してのどかな気分になるが、横井庄一さんを知らない若い同僚はクスリともしない。
先日、作曲家の小林亜星さんの訃報を伝えるニュースを見ながら、ある患者が「私、『この木なんの木』の木を見にハワイまで行ったんだよ」とつぶやいた。
すると、隣のベッドから「いい歌、いっぱいあるよねえ」と合いの手が入り、「レ~ナウ~ン レナウンレナウン レナウン娘が」と歌いだした。
楽しいメロディにつられて、私も思わず口ずさんだのだけれど、一緒にいた一年生がその『ワンサカ娘』を歌えないのは当然としても、小林亜星さん自体を知らなかったことには感慨を覚えた。
休憩時間に、同い年の同僚と「昭和」に浸る。
「楽しみだったのは、水曜スペシャルの川口浩探検シリーズ」
「『幻の原始猿人バーゴンを追え!』とかねー。いまだったら絶対放送できないよね、ヤラセだって」
「『はらたいらさんに3000点!』も親が見てた」
「竹下景子に賭けるときは、なぜかみんなフレーズをひと工夫するんだよね。『いつ見ても素敵な竹下さんに1000点』とか『息子の嫁に来てほしい竹下さんに1500点』とか」
「聖徳太子の一万円札はいまより大きかったね」
「そうそう。五百円札もあった、岩倉具視」
「百貨店のエレベーターガール。あの帽子と白い手袋、憧れたなあ」
「上へまいりま~す。次は三階、婦人服・婦人服飾雑貨のフロアでございます」
「小学校の校門前にひよこ売りが来てた。ピンクとか緑に染められたカラーひよこ」
「だからすぐ死んじゃう……。ミドリガメもよく売りに来てた」
「体育の授業中に光化学スモッグの警報が出て、屋内に入りましょうってなったことが何回もあったわ」
「あれ、目が痛くなるんだよね。大気汚染がひどかったんだろうなあ」
「もう一度食べたい給食ナンバーワンは、くじら肉のノルウェー風」
「うちの学校は、くじらといえば竜田揚げだったよ」
若い世代と話していて、ジェネレーションギャップやカルチャーショックを感じるのも楽しい。でも、生まれ育った時代が同じだと共有できる風景があって、ちょっとうれしかったりほっとしたりする。
では、ここでクイズです。
以下は、これまでに私が患者さんとの会話の中で聞いた言葉ですが、あなたはいくつわかりますか?
【あとがき】
先日、一年生看護師が「つんだ……」と話していて、「なにを積んだん?」と訊いて恥をかきました。漢字(詰んだ)から意味を想像することもできません。初めて見る英単語と同じ。「チリシおくれ」と言われた彼女もきっとそうだったのでしょう。
さて、クイズの正解です。
やいと(お灸)、おいど(お尻)、メンス(月経)、ママレモン(食器用洗剤)、天花粉(ベビーパウダー)、ズロース(半ズボン状の肌着)、乳バンド(ブラジャー)、衣紋掛け(ハンガー)、コウモリ(傘)、水屋(食器棚)
ちなみに、私(四十代です)は衣紋掛けがわからず、10問中9点!