読むために、書く

読むために、書く


最近まで就職活動をしていたという大学生と話す機会があった。
「内定をもらってなにがうれしいって、心おきなくSNSができるようになったことです」
と言う。そっか、就活中はその楽しみも控えてがんばっていたのね……と思ったら。
「企業の採用担当者に見られているかもと思ったら、無難なことしか投稿できなくてつまらなかった。でも、もう人事の目を気にしなくていい。よほどのことがなければ、内定取り消しにはならないだろうから」

近年、学生のSNSを確認する企業が増えているという記事を新聞で読んだことがある。
コロナ禍の採用活動では、最終面接で学生と初めて対面するという企業は少なくない。それどころか、オンライン面接だけで内定を出す企業もある。従業員が不適切な写真や動画をSNSに投稿し、企業がイメージを損なったり謝罪しなければならなかったりする事例が後を絶たないこともあり、企業は採用候補者の本当の人間性やネットリテラシーを確認しておきたい。そのために彼らの過去の投稿や「いいね!」先、友達などをチェックしている------という内容である。
就活情報サイト「キャリch」の調査では、九割以上の人事や採用担当者が就活生のSNSを見ていると答えたそうだ。

へええ!内定をもらうためには、プライベートであるはずのSNSのアカウントまで差し出さなくてはならないのか。
嫌なら教えなければいい、というわけにはいかないらしい。フェイスブックは本名で登録しているし、いまどきの若者がツイッターやインスタグラムをしていないわけがないから「アカウントを持っていない」は通用しない。就活用に捨てアカウントをつくり、そこで“理想の学生”を演じる人もいるけれど、自分にはそんな器用な真似はできないと彼女は思った。
「就活本には心配なら公開範囲を制限するよう書いてあるけど、それもなんか、やましいことがあるんじゃないかって思われそうで……」
それで彼女はツイッターに鍵をかけなかった。そうしたら、投稿しても問題のない内容かということが気になって本音が言えなくなり、ちっとも楽しくなくなってしまったそうだ。



わかるなあ、それ。
彼女の話を聞きながら、思わず頷く。私はツイッターもインスタグラムもしないが、自分のものなのに自由にできない残念さは容易に想像できる。
私は以前、知人が私のサイトを読んでいることに気づき、思うように書けなくなってしまったことがある。

「書きたいもの」と「書けるもの」のギャップこそ、日記サイトの寿命を縮める最大の要因だと思う。
(2021年10月7日付 「日記サイトの寿命②」)

と書いたように、それから七年間、私は一文字も書かなかった。

どうしてここで文章を書いているの?と訊かれたら、「書くことが好きだから」と答える人が多いだろう。でも、私が好きなのは書くこと自体ではなく、書いたものを後から読むこと。
あるオフ会で過去記事について話していたら、「更新後に読み返すことはない」という人が多数派で、とても驚いた。
「投稿したら自分の手を離れたという感じがするから、執着がない」
「次書くものに気持ちが向かうから、過去の文章を読もうとは思わない」
と口々に言う。投稿ボタンを押してからがこの趣味の醍醐味、の私とは正反対である。
さすがに十五年も二十年も前のテキストは感想でもいただかないかぎり読み返すことはないが、ここ数年で書いたものはときどき読む。たまった記事はブログの書籍化サービスを使い、本の体裁にもする。この楽しみのために、私はひたすら「自分が読みたいと思うもの」を書いてきた。
だから、なんらかの理由でそれがかなわなくなったら、私はたちまち書く意欲を失うだろう。

逆に言えば、そこさえ押さえておけば書きつづけられるということ。
どれだけの人に読まれたかではなく、自分が何度でも読み返したくなる文章であるかがクオリティの指標。もしアクセス数や「いいね!」の数をモチベーションにしていたら、私はとうの昔に書くのをやめていたに違いない。
「えっ、読んでくれた人、これだけ……?」
とびっくりすることもある。が、「あれだけ時間をかけて書いたのに、やっていられない」とはならないのは、誰のためにも書かず(2021年9月5日付『誰のためにも書かない。』参照)、ただ「自分が納得のいく文章を書きたい、読みたい」でしていることだから。
たくさんの人に読んでもらえたらそりゃあうれしい。でも、自分が自分の熱心な読者でいられたらオッケーだ。
動機が“自分の中”にあるかぎり、私はここにいられる。



私が利用している、あるエッセイ投稿サイトが六月でサービス終了になる。
書くことが本当に好きな人の集まりで、アナウンスがあってからはどこに引っ越そうか、過去記事をどうしようかという内容の記事がよくあがっている。その意味を見つめ直し、書くことをつづけるかどうか悩んでいる人もいるようだ。
この先はみんなばらばら。それぞれが「ここなら」と思える場所を見つけ、笑顔で発つことができたらいいなと思う。


【あとがき】
就活生のSNS調査の話。学生が申告したアカウントだけでなく、調査会社に依頼して裏アカを特定してチェックする企業もあるそうです。お、おそろしい……。