昼の休憩室で、同僚が冷蔵庫から取り出した食後のデザートを見て、声があがった。
「それ、とくれんやん!」
「ほんまや、懐かしい。いまもあったんやー」
「そうやねん、スーパーの催事みたいなとこで売ってるの見かけて、買わずにおれんかったわ」
「とくれん」というのは、小学校の給食で出てきたオレンジゼリーだ。
商品名より「とくれん(徳島県加工農業協同組合連合会)」の文字のほうがずっと目立つため、みんなそう呼んでいた。当時は紙カップではなくプラスチックの容器だったし、フタのデザインもちょっと違っている気はするが、四十年も前に食べていたものが残っていることに驚いた。
配膳時は凍っていて、食べる頃にはちょうどいい感じに解けてシャリシャリになっているのがおいしかったんだよなあ。
そこから、好きだった給食のメニューの話になった。
私が真っ先に思い出すのは「鯨肉のノルウェー風」だ。若い人は鯨を食べたことがなくなんの郷愁もないため、「鯨なんてこのままずっと食べられなくたってべつにかまわない」とさらっと言うが、私にとってそれは「もう一度食べたい給食のおかず」ナンバーワンである。
揚げた鯨肉とミックスベジタブルをケチャップで甘辛く煮たもので、肉はかなり歯応えがあったが本当においしかった。食べた後の器が鯨の脂でオレンジ色に染まっていたことまで覚えている。
北欧を旅行したとき、ノルウェーのレストランでこのメニューを探したのだが、見つけることはできなかった。ベルゲンという港町の魚市場でもおじさんに訊いてみたけれど、知らないとのこと。
私はこのメニューでノルウェーという国を知ったのだが、あちらの料理ではなかったんだろうか。
が、この話をしても「そのノルウェー風ってなに?そんなの知らない」と言う人が少なくない。
同年代で同じ関西出身の同僚も「給食で鯨っていったら、竜田揚げでしょ」と言い、今度は私が「そんなの食べたことない」と返す番だ。
「給食の鯨肉、おいしかったなあ」「また食べたいねえ」と話していても、両者が思い浮かべている味はぜんぜん違うのである。
給食のメニューは世代や地域によってかなり違うと知ったのは、
「『懐かしいものを見つけた』と夫が大きな棒状のドーナツを買ってきた。砂糖ときなこがまぶしてあって、まさに給食の揚げパンだと言うが、私はコッペパン以外食べた記憶がない。こんなおやつみたいなパンがお昼に出たなんてうらやましい」
という話を日記に書いたときだ。
「ココアやシナモンがかかった揚げパンが大好きでした」
「うちの学校は食パンでした」
「ぶどうパン、黒糖パン、メロンパンが出たことがあります」
といろいろなパン情報が集まったが、それ以外にも昭和の給食の“思い出の味”がたくさん届いた。その中には私がまったく知らないものがいくつもあった。
たとえば、「ソフト麺」。
「おいしかった」「楽しみだった」と一番人気だったのだが、私はその名称を聞くのも初めて。
「ソフト麺のカレーがおいしかった」と書いている人がいれば、「ミートソースが一番合う」「ラーメンのスープに入れて食べた」と言う人も。うどんでもスパゲティでもなく、和にも洋にも中華にも使える麺とはいったい……。うーん、まるでイメージが湧かない。
また、「ミルメーク」も私の思い出にはないものだ。
牛乳に溶かすと甘いコーヒー牛乳になる粉で、その日は牛乳嫌いの子もごくごく飲んだという。へえ、ミロみたいなものかしらん。
一方、トンデモメニューを挙げてくれた人もいた。
揚げパンとソフト麺がダントツの人気であるのに対し、「あれだけは二度と食べたくない」は実にさまざまだった。
「幸福な家庭はみな一様に似通っているが、不幸な家庭はどれもその不幸な顔は違っている(トルストイ)」
というやつか。
女性・千葉県 |
女性・東京都 |
男性・岩手県 |
女性・福岡県 |
女性・岐阜県 |
どれもすごいセンスだ……。
こんなメニューが出てきた日は子どもたちは苦労しただろうな。だって、給食を残すことは許されない時代だったから。
女性・大阪府 |
女性・静岡県 |
掃除の時間に埃が舞う中、給食を食べさせるなんてことをいまの先生がしたら、教育委員会に訴えられるだろう。
でも当時、学校にクレームをつけた親がいるという話は聞いたことがない。子どもたちも反抗せず、けなげに食べようとしていたもんなあ。
……それなのに。
女性・愛知県 |
ええええ。先生ずるーーい。
「とくれんの日に休みの子がいたら、ジャンケンで争奪戦になったよね」
「揚げパンが余ったときも。いつもはおかわりしない女子まで参戦してた」
「あの頃、欠席したらクラスの子がパンを届けてくれたけど、揚げパンの日はなぜか届かない」
「牛乳飲んでる子を男子が笑かして鼻からブーとか、牛乳瓶のキャップでメンコとかあったなあ」
給食あるあるに花を咲かせながら、ふと思う。
いま、学校では黙食が指導されている。一年生、二年生は友だちと机を合わせておしゃべりしながら食べる給食を知らないだろう。
子どもたちが授業中と同じように前を向き、無言で食べている姿を想像すると切なくなる。
笑い声や「おかわりいる人~?」「はーい!」が聞こえる、あの風景が一日も早く教室に戻りますように。
大人になったとき、給食の思い出抜きに小学校生活は語れないから。
【あとがき】
コッペパンについてくる銀紙に包まれた四角いマーガリンがたまにチョコレート味になることがあって、うれしかったなー。イチゴジャムの小袋に書いてある豆知識(「キリンの首はなぜ長いか」とか)を読むのも楽しみでした。