箱パカプロポーズ!

箱パカプロポーズ!


カンファレンスから戻ると、待ってましたとばかりに一年生看護師から声がかかった。
「○号室のAさん、明日オペなんですけど、指輪が抜けないんです。石鹸でもぜんぜんダメで」
手術中は体がむくみやすい状態にあるため、指輪がきつくなって指先の血行障害が長時間つづくと指が壊死する恐れがある。また、電気メスを使用するときに指輪に通電し、火傷をする危険もある。そのため、指輪は外しておかなくてはならないのだ。

Aさんに指を見せてもらうと、なるほど、指輪ががっつり食い込んでいる。四十年間つけっぱなしだそうだ。
「これを抜くのは無理でしょう。切っちゃっていいよ」
「いや、実は裏技があるんです。試してみましょう」
まず、お湯の中でマッサージをするよう一年生に伝える。少しむくみが取れた指にオリーブオイルをすり込み、指と指輪のあいだに糸を通す。その糸を指先に向かってぐるぐると巻きつけていき、第二関節を過ぎたら指の付け根側に出ている糸を指先の方向に引っぱって、巻いた糸をほどいていく。
するとあら不思議、たいていの指輪が抜けるのだ……ほら、この通り。

「私ってこんなに指が細かったのねえ」
Aさんは指輪をつまみ、感慨深げに言う。
「お金がなくて、夫からは結婚指輪しかもらわなかったの。当時は『婚約指輪は給料の三か月分』って言われてて、もらうのが当たり前だったから、甲斐性なしだって親に反対されてね」
そんな大切な指輪を切断せずにすんでよかった。



「いまって婚約指輪は給料の何か月分なんですか?」
病室を出るやいなや、一年生が言った。
「いまも三ヶ月分とは言われてるけど、実際には一・五か月分くらいのものを買う人が多いんじゃないかなあ。これからの生活を考えたら、指輪一個に百万出そうって人はあんまりいないと思うよ」
「それでも十分高価ですよね。そんなお高い指輪、二度ともらえないから、選ぶときめちゃめちゃ気合い入りますね!」

そう、そうなのだ。
男性が婚約指輪の入った箱をパカッと開けて、「結婚してください」。彼女は目をまん丸にしてしばらく絶句したあと、うれし涙を流す------ドラマやCMでよく見かけるシーンであるが、私は「こんなにうまくいくもんかなあ?」といつも思う。
「私のことを思って彼が選んでくれたものが一番うれしい」という女性であれば、そのサプライズは大成功するだろう。しかし、そんな人ばかりではない。
友人は差し出された箱の中身を見て、頭が真っ白になったという。プロポーズ自体は待ちわびたものだった。が、指輪については「これじゃない……!」。
こんな大切なものをどうしてひとりで選んじゃったの、と泣きたくなったそうだ。

男性は知らないだろう、世の中には指にコンプレックスを持つ女性が少なくないことを。
サイズを知られたくないばかりに、「指輪はほしいけど、彼と一緒に買いに行くのはイヤ」という人はめずらしくない。
長くしなやかな指はデザインを選ばないが、がっちり指やぽっちゃり指が細身の華奢なものをつけると手のごつさや指の太さ、短さが強調されて悲しいことになってしまう。S字やV字のラインだとほっそりして見えるし、存在感のあるダイヤや個性的なデザインにも指が負けないという強みもあるのだけれど、試着なしでそれを知ることはできない。
また、色白か日に焼けた肌かによっても、指を美しく見せてくれる指輪の素材や色味がちがう。似合う、似合わないは手や指との相性がとても大きいのだ。

それに、いくら男性が彼女にぴったりだと思っても女性の好みかどうかという問題がある。
「婚約指輪といえば、やっぱり立て爪よね」という人もいれば、「普段使いしたいから、ダイヤは埋め込みタイプがいい」という人もいる。結婚指輪と重ね着けしたい人もいる。テイストだってクール系、フェミニン系、ゴージャス系などいろいろある。
店員のアドバイスだけで選ぼうとするのはかなりの冒険だと思う。

だから、プロポーズのときに指輪はいらない。
男性はそれを受け取ってもらえば“ゴール”かもしれない。でも、女性にとっては一生使いつづけていくもの。
男性には、自分があげたいものではなく彼女がほしいと思うものを贈ってほしい。



ここまで読んで、
「えーー。今度の彼女の誕生日にプロポーズするつもりで、指輪注文しちゃったよ!」
という方がいるかもしれない。でも、ご安心を。
私みたいなタイプは少数派らしい。ゼクシィの調査によると、七割の女性が箱パカプロポーズに憧れているそうだ。

あなたにとっても彼女にとっても幸せいっぱいの“箱パカ”になりますように。


【あとがき】
私は何軒もジュエリーショップをはしごして、「これ!」を見つけてから彼を店に連れて行きました。ロマンチックでもドラマチックでもないけど、その代わり百パーセント満足できるものを選べたから、そりゃあ大切にしてますよ。
ゼクシィ結婚トレンド調査2021 首都圏」によると、婚約指輪を「夫が選んだ」は42.2パーセント、「二人で選んだ」は38.0パーセント、「女性が選んだ」は17.9パーセント。
男性が婚約指輪を選ぶ(ということはプロポーズと同時に渡すんだろう)ケースってこんなに多いんだな。