LINEが既読にならなくて

LINEが既読にならなくて


お昼のマクドナルドに入ったら、近くの大学の学生と思しき女の子たちの会話が聞こえてきた。
「既読無視のほうがまだましだよ、『返事がないのが返事なんだな』ってあきらめがつくもん」
「わかる。未読のままだと『忙しいのかな』とか『スマホが壊れたのかも』とか期待が残っちゃうから、余計きついよね」

一方の女の子が彼氏だか好きな人だかに送ったLINEが一向に既読にならないらしい。
それはもやもやするよねえと思いながら、私だったら既読スルーと未読スルー、どちらのほうがイヤかを想像してみた。……のだが、リアルなイメージがまったく湧かない。考えたら、LINEが普及した頃にはすでに結婚しており、私はそれを使って恋愛をした経験がないのであった。

「もう一回だけ、送ってみたらだめかな……」
「やめたほうがいいかも。追いLINEはウザいって思う人もいるから」

その気になれば、連絡なんて簡単にとることができる。だからこそ、この状況が切ないんだよね。
この女の子は返事を待って、片時もスマホを手放せないだろう。



いつの時代も、電話は恋の必須アイテム。
といっても、私が彼女くらいの年の頃は携帯もメールもなかったから、当時の「電話」とは自宅の固定電話のことだ。ポケベルを持っている子がときどきいるくらいだったから、彼、彼女と話したいと思えば、家に電話をかけるしかなかった。
誰が電話をとるかわからない。私と同年代以上の男性であれば、どきどきしながらかけた記憶をお持ちのことだろう。
大学時代、サークルの男の子が彼女の家に電話をかけたら、お父さんが出た。
「〇〇さんのお宅でしょうか」
「……そうですが?」
あからさまに不機嫌な声を出され、びびった彼は「間違えました!」と切ってしまったそうだ。

電話を受ける側のときにも不都合がなかったわけではない。
ベルの音を聞いてあわてて一階に下りたら、ちょうど父親が受話器を置いたところ。
「いまの電話、誰から?私にじゃなかった?」
「男だったが、誰かは知らん。お前はおらんと言っといた」
「やっぱり私宛てだったのね!勝手に切るなんてひどいッ」
年頃の娘のいるあちこちの家庭で、こんなやりとりがなされていたにちがいない。

また、イエ電だと通話可能な時間帯がかぎられるという難点もあった。
家族に悪印象を持たれたくないから、かけられるのはせいぜい二十二時まで。でも、サークルやバイトを終えて帰ったらそのくらいの時間になっている。そうすると、あきらめて布団にもぐり込むしかなかった。
運よくその時間までにかけたりかかってきたりしても、長く話せるとはかぎらない。
「ごめん、弟がうろうろしてる。電話使いたいらしいわ」
と言われ、途中で切り上げなくてはならないこともあったし、それになんといっても家族の目……いや、耳がある。甘い言葉なんて囁いてもらえるわけがない。家だと落ちついて話せないと言って、彼はよく公衆電話からかけてきたっけ。

私は十八からひとり暮らしをしていたのだけれど、コードレス電話もなかった頃はコードをめいいっぱい伸ばし、電話機をバスルームの手前まで引っぱってきてからお風呂に入った。気軽にかけ直すことができないから、急いで飛び出せば間に合うように。
外出先から家の留守録を確認することもよくあった。好きな男の子から、
「なんだ、いないのかあ。じゃあいいや、またね」
なんてメッセージが入っていると、電話ボックスの中で悶絶したものである。
こういうもどかしさはいまの人には想像できまい。

もっとも、
「LINEの既読がつかない。もしかしてブロックされてる?」
「どうして携帯がつながらないの。電源を切ってなきゃならないような相手と一緒にいるんじゃ……」
なんていう、私が味わったことのないやきもきがあるんだろうけれど。でも、こういうのは“いじらしさ”とはまたちょっとちがう気がする。
あの頃、「ポケベルが鳴らなくて」という歌が大ヒットしたが、いまなら「LINEが~既読にならなくて~ 恋が待ちぼうけして~る」だろうか。



「サトシー!でんわー!蓮見ちゃんからやでー。ちょっとヒロキ、お兄ちゃん寝てんのとちゃうか、起こしてきたって。はよう、はよう!」
そんな声を聞きながら、受話器の向こうの場景を思い浮かべた。あは、大きな声だなあ、いかにも男の子ふたりのお母さんって感じ。彼は部屋で何をしていたのかしら、たぶん……ゲームだな。
彼が電話口に出てくれるのを息をつめて待ったこと、「もしもし」が耳に届いた瞬間の安堵。
たしかに不便で面倒で窮屈だったけれど、こういう思い出も悪くない。


【あとがき】
大学時代はキャッチホンⅡ(ただのキャッチホンではない。話し中に他からかかってきた電話に応答、録音してくれるサービスだ)をつけていました。そのくらい、「電話をとれない」という事態は避けなければならなかったのですよ(ちょっと大げさ)。
ところで、ポケベルはご存知でしたか。あの頃は10文字程度の数字列を送ることしかできなかったため(のちに文字送信もできるようになったのですが)、みんな語呂合わせでメッセージを送り合っていました。0840(おはよう)、724106(なにしてる)、4649(よろしく)、999(サンキュー)、8181(バイバイ)という具合に。
見出し画像のポケベルの数字(114106)は読めましたか?答えは「あいしてる」。